EditorsJuniorの日記

編集・ライター兼オンライン型寺子屋の講師が書籍を紹介したり、日常を綴ったりします。

背伸びしても読むべき中高生からすべての大人向け『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』水村美苗/ちくま文庫<2‐追記>

IWPで著者はウクライナ人の女性作家、イフゲーニアと知り合います。イフゲーニアは、ウクライナ語で書く作家です。

2022年3月の今、そのウクライナ語についての説明部分を少し長くなりますが、引用しておきます。

P60より

あるいは、イフゲーニアのウクライナ語。近代にはいってもっとも激しく運命に翻弄された言葉の一つである。帝政ロシア支配下にあったときは、ウクライナ語での出版は禁じられていたそうで、革命によるソビエト連邦の発足は、まずは、そのウクライナ語の解放をもたらした。ソビエト政権は帝政ロシアびいきの反革命勢力を根こそぎにするため、ウクライナ民族意識の高揚を歓迎し、ウクライナ語教育やウクライナ語の出版を奨励したのである。だが、その動きも1930年代に入ると、スターリンによって方向転換させられる。今度は反ソビエト勢力の芽をつむため、教育にも出版物にもロシア語が強制されるようになったのであった。ー中略ーフルシチョフの時代になると、ロシア語の強制は弱まったが、それからもウクライナ語の首は、絞められたり、ゆるめられたりと、その時の政治家の都合に翻弄され続ける。そのような歴史的背景があって、ソビエトが崩壊したとき、すでにロシア語を使う人の方が多くなっていたのにもかかわらず、なんとウクライナウクライナだけを「公用語」と制定したのである。

※傍線部、原文には傍点がついています。

先日、ウクライナ情勢を解説するTVのニュースショーで、ドネツク出身の在日「ウクライナ人」がウクライナ語の公用語指定について「やりすぎ」と表現しているのを見ました。

ロシア語もあわせて公用語にすべきだったと、この方は考えているのでしょう。

たしかに「併存」「共生」のためには、一方に偏る方策は賢明ではありません。

しかし、一つの言語=民族アイデンティティを守るために、極端になってしまうことは、わからないでもありません。わからないでもないから、いつ、どこででもおきがちです。この怖さは『アイデンティティが人を殺す』アミン・マアルーフ/小野正嗣訳/ちくま学芸文庫 などを読むとよくわかります。

ちなみに、東京外国語大学語学研究所のサイトを見てみました。「ウクライナ語」の項目は、1989年の調査結果に基づく古いものですが(ソビエト連邦崩壊は1991年)、

ウクライナの総人口(5170万人)のうちウクライナ人は72.8%、ロシア人は22%。ウクライナ人の12.2%がロシア語を母語とし、ロシア人の34.3%がウクライナ語を準母語として、本国での話者は3680万人いると書いています。

外務省のウクライナ基礎データは新しく(2021年のウクライナ国家統計局に基づく)、クリミアを除く総人口は4159万人、ウクライナ人77.8%、ロシア人17.3%となっています。

ウクライナには、ロシア人、ウクライナ人のほか、ベラルーシ人、モルドバ人などもいます。

他国にいるウクライナ語話者を含めた数は、外語大のサイトでは4000万人、wikiの数値は4500万人になっています。対してロシア語は、世界中に約1億8千万人(Wikiより)の話者がいるようです。

 

国連公用語の一つでもある大言語ロシア語。

比べて、あまりにも小さく危ういウクライナ語。

     イフゲーニアは今、どこで何を書いているのでしょうか。

                

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